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捨てられるひと

私のブログでアクセス数の上位にあるのが、呼吸法関連、漢方関連、吉岡君関連です。

この三つ何の脈絡もないようですが、私の中にはちゃんとつながりが存在しています。

そのカテゴリーの中心に存在している人のことが私は大好きなのです。

呼吸法関係で言えば、私の師匠、と西野流呼吸法のご縁をくれたよく登場する友人で、
漢方関連で言えば、私の主治医。
吉岡君関連はまあ。その人本人ですね。

この三人に共通なのは、人間が純粋で謙虚であること。
姿かたちに似合わず、凄いエネルギーの持ち主であること。
それと、新しい世界を知っている。
だから、今在るものに執着しないで簡単に捨てられる技を持っているのです。
だから、見ていると潔さを感じて、生き方に美しさを感じて、
心が洗われるのですよ。

吉岡君は最近深みに嵌まったのですけど、彼のことを知れば知るほど、自分が何故ファンであったか時間差で納得しました。
私の感性は見抜いてました。

捨てられる人と題したので、彼等はどんな風に捨てるのか。。

主治医は、自分の処方を捨てます。目の前のカルテを患者さんに直接見せてくれて、一緒に同じ目線で、処方についておしゃべりするのです。
で、、「先生これは、こうじゃないですか?」私が言うと。
「そうだね、その処方も間違いじゃないよ、うん、そう言う手もあるね」
とか言って、あっさり、自分の処方に横線を引いて、消してしまいました。

彼の勉強会では、密教の砂曼荼羅をたとえに出して、「どんなに効いた処方でも、次にそれが効くとは限らない、折角作った曼荼羅を一晩で壊してしまうようことには意味がある
私も自分の処方に執着してはならない」と言う事をおっしゃっていました。

呼吸法の友人はいつも色んなことを教えてくれました。彼は手の届かない存在ではなく、友人として存在してくれていることに感謝を覚えます。

ある日弓について聞いた事がありました。
彼はこう言いました。
「弓をやっているとき、自分の自我が上達の邪魔をしているのが解っていた、先生はこう言うけど、自分の考えもある。自信もある。でもそうじゃないことも解っている。だから俺は、先生のところに毎日2時間かけて通ったよ。いったん自分を壊して、捨てないとだめだとおもったから。。」

最近、主治医とも呼吸法の友人ともご縁が遠いので、私の食指はいつでもお金さえ出せば合うことの出来る、吉岡くんに向いているのですけど、最近の休みは相変わらず、彼の出演した作品を追っかけてました。

で、ネット情報も可也読み込みました。
あまりマスコミに姿をあらわさない分彼の生声は貴重です。その分自分を安売りしないで、真実を語ろうとする真摯な姿が浮かびあがってきます。

「なにかにしがみつくのって嫌じゃないですか、役者なんていつ辞めても良いと思ってます。」

「ナウシカうめえ!」「役者が演じているのを見ていると、その役者さんの作為を感じてしまうときがあって、そう言う作品みても癒されないんです、なんだか急に褪せるんです
だから」「ナウシカはそう言うのがなくて、、」「自分を突き放して、その役をなるべく客観的に見るようにしてます。」
ってこれは、自分へのこだわりを捨てると言う事ですね。
自己満足じゃない自己満足は自分を堕落させるとは呼吸法の友人の名言です。

自分を空にして、何かに憑依させると吉岡君のことを評している方が多いようですが、この解釈は上手いなーと思いました。殆ど当たっているのではないかな?

人間突き詰めると、自分の力なんて大したもんでないと感じる所に行くのかな。
自分の非力を嘆いて、龍という自分を取り巻くエネルギーの存在にもきずいて、人と天地が一体になること、新しい世界に触れることに救いを感じて、良い作品が出来る。
これは純粋な感性がないと垣間見ることも出来ない世界じゃないかな。
主治医も自分の処方なんて、たかが知れているって知っている。それを知っている人は次の世界も見てるのね。だから私は彼等がすきなんです。

呼吸法の彼は呼吸法によって、自分を空にするやり方を教えてくれたから、これは快挙です。いつも感謝してます。忘れたことはありません。ここに記しておきます。


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