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今日もお稽古のはなし

私はそこそこ気が強いのは解っていました。

気が強いとどうしても会話でも押しが強くなる傾向があるようで、引き際が難しいなと思う事が最近出てきました。
先日も本社のひな壇に対してもひるまず言いたいことを言っている自分が居りました。
良いことなのか?
悪い事なのか?
多分人を選ばないとしっぺ返しがくるのかも、、いいや違う、何かわからないけれど「明るさ、明瞭さがあれば」とふと頭に浮かぶ。
此方がこだわらないスタンス、相手がどうであれ、こだわらないスタンス。
そんな言葉がほんわり浮かんでくる。まだ捉えきっていないけど、体が何かを喋っている。(なんだか新しい価値観が沸いてくる感じです。これは動きたい様に動くに繋がっているのです、私の中では)

気が強くなってくると、私が一番危惧することはその「気」で相手を傷つけてしまう事。
人間は色々な感受性を持っているので、人を傷つけないで生きることなんか出来ない。
私だって多くの人に傷つけられて生きてきた。
傷つけたくないなんて帰って傲慢な発想かもしれない。

そんなことより傷つかない自分を作ることが大切なんではないかと思ったりする。
これは新しいなあ。ほんと新しい発想だなあ。
ニュースで殺人を犯す人は傷つき安い人が多いではあ〜りませんか。

でもやはりバランスなんだろうと思う。

西野流の場合、一元充足→三元充足→四元充足→多元充足→無限充足

という具合に気の充足の位置をイメージで捕らえる練習法があります。

何年か前、東京の友人が未充足の気充足の気の違いを教えてくれました。

これ等は当初、言葉としてしか理解出来なかったけれども、最近ここに大きなヒントが隠されていると感じる。

「素早く広げて」「素早く戻して」
基本の稽古の時、正式には気を充足させるとき、「素早く」という枕言葉がつきます。

「素早く!」

色々な位置にいる人と対峙している時、「えーと丹田」「えーと三元にしようか四元にしようか」なんて考えている暇はないわけで、日ごろから、気を好きなように瞬間にコントロールできて、日常に生かす事が出来るはず。

気のコントロール即ち、自分自身のコントロールを無意識化でやってしまうお稽古が西野流の基本稽古なのかな。

無意識化

ほらねヤッパリリンクしている。(笑)

| 西野流呼吸法 | 22:37 | comments(0) | trackbacks(0) |

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